実業家

西野亮廣の革命! えんとつ町のプペル~期待を背負う重圧!!

2021年4月28日

あなたは西野亮廣さんより努力をしているか?

2020年12月25日、「えんとつ町のプペル」のアニメ映画版が全国放映されました。
「えんとつ町のプペル」は、西野亮廣さんが製作総指揮・脚本・原作を手がけ、完全分業制で製作した物語です。

西野亮廣さんはお笑い芸人「キングコング」としての知名度もあり、芸人として活動する最中、「えんとつ町のプペル」の作品を完成させています。

また、聖なる夜「クリスマス」の日に初上映となり、話題作として世間を賑わせました。

お笑い芸人「キングコング」西野さんとしてはその世代の人は知っている人は多いかもしれませんが、2021年現在、若い人たちは、お笑い芸人西野さんという認識ではなく、「オンラインサロンでお金を稼いでいる人」もしくは「話題の人で、お金をいっぱい持ってそうな人」等、視聴者の知識が追いついていない人物像を描いています。

そんな知識の追いついていない方の為に、今回のリサーチノートは、西野亮廣さんがどんな人物でどんなふうに成功しているかを徹底的にリサーチしました。

西野亮廣プロフィール

本名 西野亮廣(にしのあきひろ)
生年月日 1980年7月3日(かに座)
年齢 40歳(2021年4月28日時点)
出身 兵庫県川西市
身長 173cm
血液型 O型
最終学歴 兵庫県立川西緑台高等学校卒業
所属事務所 株式会社CHIMNEY TOWN(株式会社NISHINOから改名) (2017年10月5日 - )吉本興業 (2000年 - 2021年1月30日)
活動内容 お笑い芸人・絵本作家・著作家・実業家・YouTuber
コンビ名 キングコング
相方 梶原雄太
Twitter @nishinoakihiro
Instagram japanesehandsome
YouTube 西野亮廣エンタメ研究所ラジオ【公式】
チャンネル登録者数 44万人(2021年4月28日時点)
総再生回数 6914万4959回(2021年4月28日時点)
オンラインサロン 西野亮廣エンタメ研究所

お笑い芸人と絵本作家の両面を持つ西野亮廣さん。

西野亮廣さんの人生計画は、すでに数十年先まで計画されており、その計画は緻密な計算と戦略のもと歩み続けています。

話題作となった「えんとつ町のプペル」の構想もすでに人生計画にはいっており、長い年月をかけて、西野亮廣さんはその作品を完成されています。

西野亮廣さんは12年夢を信じぬいた男

 

この投稿をInstagramで見る

 

NISHINO EHON(@japanesehandsome)がシェアした投稿

西野亮廣さんを紹介するにあたりタームを三つに分けてみました。

  • 転換期
  • 熱血期
  • 革命期

順を追って説明します。

転換期 2009年~孤独な創作をする西野亮廣さん

西野亮廣さんの絵本作家として初の作品は2009年1月26日に『Dr.インクの星空キネマ』を発売しています。

Dr.インクの星空キネマ

西野亮廣さんを「リサーチノート~あなたの興味はなんですか?」で紹介している現在は2021年。最近、西野亮廣さんブームが来ているのはさすがにみなさん知っています。特に若い世代の人は、最近何かヒットした人と認識していますが、それは違います。

西野亮廣さんの転換期は2009年から始まっており、もう少し正確にいうと、フジテレビの番組「はねるのトびら」が視聴率20%、30%をとっていた絶頂期だった2008年になります。

この当時は「はねトび」旋風が巻き起っており、お笑い芸人「キングコング」として西野亮廣さんの知名度は確立されていました。

2008年、「はねトび」絶頂期、西野亮廣さんは楽屋にこもって、他の芸人さんたちがわいわいと談笑するなか、一人で絵本の製作をしていました

この当時を振り返って他の芸人さんたちは西野亮廣さんのことを「疲れて、病み始めている」と思っていたそうです。

そう思うのも当然で、お笑い芸人として絶頂期だった西野亮廣さん。他の芸人さんは誰もが羨望の目で見ていた中、楽屋のすみっこで画用紙を広げ、鉛筆片手に白黒の絵を描き始めています。その行動を周囲の芸人さんたちは理解が追いつかず、「疲れている」「セラピーなんだ」と心配するはずです。

しかし翌年の2010年に『Zip&Candyジップ&キャンディロボットたちのクリスマス』。

Zip&Candyジップ&キャンディロボットたちのクリスマス

2012年に『オルゴールワールド』を出版します。

オルゴールワールド

この西野亮廣さんの行動をみて、定期的に絵本を出していくのかなと他の芸人達は思い始めます。

1年に一冊の絵本を出していたスパーンが2年に1冊になり、そのタッチはとても繊細でクォリティーはどんどん上がっていきます。

西野亮廣さんいわく、絵本1ページに費やす期間は1カ月だそうです。

そんななか2012年、西野亮廣さんの代表番組だった「はねるトびら」が視聴率低迷で終了となります。ですが「はねるトびら」の終了は2008年の絶頂期、西野亮廣さんは予感していたらしいです。

自身の代表番組、もしくは冠番組が終了となると、やはりショックはあるものですが、西野亮廣さんは「はねるトびら」の終了について、それほどショックはなかったそうです。

西野亮廣さんが最もショックを感じたのは「はねるトびら」が視聴率を一番取った時だったそうで、その理由として西野亮廣さんは次のように話しています。

御輿担いでいただいて、下駄も履かせていただいて、追い風がビュンビュン吹いている状態でここか

といいます。

芸能界の世界は群雄割拠で、その中でもお笑い芸人「キングコング」は類まれない才能と努力で若手芸人の中では一番早く山を登ったはずですが、そこから見えた景色というのは、大物の先輩方であるタモリさん、さんまさん、たけしさんの背中で先輩方を追い抜いていなかったし、追い抜く気配もなかったと続きます。

そして、山を登りきっても先輩方を追い抜く気配もなかったことが致命的で一番のショックだったみたいです。

お笑い芸人「キングコング」は若手芸人のなかでも突出しており、デビューしてお笑い芸人の登竜門的な賞レースを総なめし、ナインティナイン以来のスターが出てきたと芸人の中では話題となり、そのまま大阪のお笑い芸人の代表格として「キングコング」の知名度を確立させ、アイドルグループのような大ヒット。そこから東京進出し、フジテレビで「はねるのトびら」の冠番組をもち、その番組はゴールデンタイムへ。視聴率もうなぎのぼりで、付け入る隙もない「キングコング」はスーパースター的な存在でした。

ですが「はねるトびら」が終了と共に「キングコング」はテレビへの露出はだんだんと少なくなります。

しかしこれは序章に過ぎませんでした。

転換期に孤独に創作していた西野亮廣さんは変化をむかえます。

それが熱血期です。

熱血期 2013年~仲間を集めて船出をする西野亮廣さん

これまで孤独に作り始めていた西野亮廣さんですが、ここで動きがガラッと変わります。

西野亮廣さんはニューヨークで原画展を開催することになります。

絵本作家としていくつもの絵本を描いてきた西野亮廣さん。絵描きとしての才能は評価されています。これまでに創作した作品の原画をもとに個展を開く活動を行ないますが、その資金の調達を「クラウドファンディング」で始めました。

キングコング西野亮廣、NYで原画展開催〜あたしをNYに連れてって!〜

いまや「クラウドファンディング」といえば西野亮廣さんの代名詞となっていますが、初「クラウドファンディング」は2013年1月になります。この当時はまだ「クラウドファンディング」という言葉を知っている人は少なく、それでも西野亮廣さんはニューヨークで原画を開くために調達した資金総額は5311000円になりました。

資金総額は凄いですが、この時周囲の人から言われたのは、「詐欺」「宗教」と「クラウドファンディング」を知らない人からみればそう思われていたそうです。

「クラウドファンディング」の活動は海外では行なわれていましたが、2013年当時は日本人全員が知らなかったと西野亮廣さんは言います。

しかし資金総額ばかりに目が言ってしまいがちですが、これまで孤独に創作を続けていた西野亮廣さんの行動が変わったのが分かるのは支援者の数です。

「クラウドファンディング」で大事なのは支援者数です。

お笑い芸人「キングコング」として西野亮廣さんはテレビに出ていて、知名度と人気もありますが、本当にその人にお金を出す人がどれくらいいるのかを裏で確かめていたのが西野亮廣さんでした。

そしてそれをさらに広げるように翌年の2014年、日比谷公会堂で1人の「独演会」を行ないます。もちろん完売です。日比谷公会堂のキャパシティは2000人。ここでポイントなのが、2000人に手売りしたことです。普通、チケットぴあやイープラスなどでチケットを販売しますが、西野亮廣さんは自分でチケットを買って、一人ひとりにチケットを売ってまわりました。

西野亮廣さんの手売りの方法は、ツイッターを使い、本日の出没情報をツイートし、コンタクトの取れた人と待ち合わせをしてその場でチケットを買ってもらったそうです。この繰り返しを2000回しました。

西野亮廣さんが手売りをした理由として、SNSを活用した告知は無意味だと感じた為です。
2013年、2014年頃からは、SNSはみんなのツールになっており、スルースキルがみんなについてしまっているからSNSで告知してもスルーされてしまい誰もみないので、直接一人ひとり会って直接販売してほうが効率がいいと考えたそうです。

確かに告知ツイートは流してみてしまうものです。

さらに翌年2015年。西野亮廣さんはオンラインサロンを開設します。

西野亮廣エンタメ研究所

2021年現在は「西野亮廣エンタメ研究所」として会員数は7万人を超えており、日本一のオンラインサロンとなっていますが、オンラインサロン開設当初は「おとぎ町商工会」で会員数は23人でした。

クラウドファンディング」、「2000人に手売り」、「おとぎ町商工会」と新しい試みを連発する西野亮廣さん。この真新しさの行動に周囲の人は新手の詐欺だと思っていたそうです。

西野亮廣さんはこの当時いろいろな方に「詐欺」、「宗教」などといわれていましたが、西野亮廣さんは、基本的に人は理解できないものは詐欺か宗教で片付けるのだなと理解したそうです。それに知らないという事と嫌っているという感情は極めて近いことにも気づいたそうです。

そして「クラウドファンディング」、「オンラインサロン」と支援者や会員を集めていく西野亮廣さん。ここからいくつもの伝説を作っていきます。

革命期 2016年 全てをひっくり返し伝説なる西野亮廣さん

2016年、西野亮廣さんの代表作「えんとつ町のプペル」が完成します。

えんとつ町のプペル

ここで絵本に変化が現れます。

「えんとつ町のプペル」の表紙を見てもらうとわかりますが、いままでと雰囲気が異なります。一気に色がつき、人、建物、背景などのタッチがいままでと違う感じに仕上がっています。これまで孤独に創作を続けていた西野亮廣さん。そして「オンラインサロン」で会員を集めていた西野亮廣さん。ここでその活動が融合します。

「えんとつ町のプペル」は大ヒット放映となり、公開から8週連続で観客動員数ランキングにベスト10入りし、第44回日本アカデミー賞優秀アニメーション作品賞を受賞しました。2021年では興行収入20億円/観客動員数150万人を突破の記録もだし、「売れた売れた」とばかり吹聴されがちですが、この「えんとつ町のプペル」の凄いところはまた別のところにあります。

「えんとつ町のプペル」で見逃してはいけない革命とは「分業制」、「クラファン販売」、「無料公開」とまったくいままで違う製作手法にあります。

西野亮廣さんの革命① 分業制で絵本を制作

実は「えんとつ町のプペル」は西野亮廣さん1人で描いたものではなく、40人のスタッフで制作をしています。40人のスタッフは同じ絵を描いているわけではなく、担当を完全に分けています。

絵本というのは空を描く仕事、町を描く仕事、キャラクターをデザインする仕事と微妙に異なる点がありますが、西野亮廣さんはこれまですべてその作業を1人で行なってきました。

しかし、空を描く天才、町を描く天才、人物をデザインする天才はいるわけで、それならその天才を集め、分業制で絵本を完成させればいいと考えました。

ですが、こんなアイデアなら誰でも思いつくし、なぜこのアイデアが形になっていないかを調べたところ、結論はお金でした。

絵本の業界は5000部でヒットといわれ、市場が小さいので売上げが見込めません。売上げが見込めないから制作費が用意されない、制作費が用意されないからスタッフに支払われる給料が用意できない、だから1人で作るしかないという理由がありました。

西野亮廣さんの革命② クラウドファンディングで絵本を販売

しかしこの理由に納得のいかない西野亮廣さん。絵本の目的は1人で制作することではなく、お客さんを感動させる事。たくさんの人で絵本を制作したほうがいい絵本ができるならたくさんの人で制作したほうがいいし、それができるならお金の問題はクリアしたほうがいいということで「クラウドファンディング」がここで繋がります。

西野亮廣さんの革命③ ネットで全ページ無料公開

そして西野亮廣さんは絵本をすべて販売し終わった後に、インターネット上で無料公開します。
これには西野亮廣さんの緻密な戦略があります。

子供を持つお母さんは忙しい日常を過ごします。それに自由に使えるお金もありません。
時間とお金がないお母さんは子供に絵本を買う時に考えるのは、ハズレのない絵本を選ばなければいけません。その選択をするのにお母さんは本屋で立ち読みする時間もないので、自分が子供の頃に読んでもらった絵本を買う選択が一番手っ取り早い方法です。このループは一般的な手法であり、書店にいけば新刊の絵本より半世紀前の絵本が平積みされているのがわかります。

ここで西野亮廣さんが考えたアイデアは、絵本というのはネタバレしてからがスタートなんだと気づきます。そもそもネタバレしていない絵本は買われていないのなら、インターネット上で無料公開し、洗濯や料理の合間に立ち読みしてもらいアタリの確認をしてもらえればという手法を行ないました。

革命期 2017年 革命のファンファーレ 現在のお金と広告

分業制制作、クラファン販売、無料公開。絵本業界ではそのどれもが画期的アイデアで、その手法を説明するだけでもお金になります。

そして「えんとつ町のプペル」の売り方を説明したビジネス書「革命のファンファーレ」を発売します。もちろんベストセラーとなりましたが、このビジネス書「革命のファンファーレ」はお金儲けが目的ではなく、ビジネス界隈への仲間へのアピールだったのです。

革命のファンファーレ~現在のお金と広告

「革命のファンファーレ」を読んで、有能なビジネスマンは気づきました。西野亮廣さんと組んで新しいビジネスを展開してみたい。

革命期 2018年 ウェブサービス プラットホーム開設

「革命のファンファーレ」を読んで、熱い起業家が西野亮廣さんに集まりました。
そして「Letter Pot」、「しるし書店」、「SILKHAT」のウェブサービスを開設していきます。

Letter Pot 1文字5円で気もちを伝えたい相手に手紙(レター)を送れるサービス
しるし書店 店主が“しるし”を入れた、世界に一冊だけの本を売る古本屋さん
SILKHAT 吉本のクラウドファンディング。直営業の手数料15%が吉本興業の売上げ

それでは1つずつ解説していきます。

Letter Pot

Letter Pot

Letter Pot」は文字をお金で買って、それを相手に送れるサービスです。

現在メールは通信料だけで送れます。LINEでも無料で送れます。それなのになぜ文字をお金で買って送らなければいけないのか?と疑問点がありますが、しかしこれをやることによりおもしろい事が生まれます。

世のなかには言葉がありふれており、特にインターネット上には多くの罵詈雑言が書き込まれています。しかし西野亮廣さんは余命少ない人たちと接した時、選ぶ言葉がすべて美しかったといいます。そして「なぜ」美しいのだろうと考えた結果、この人たちに残されている文字数がもう限られているから下手な弾は撃たないことに気づきます。

わたしたちは無尽蔵に言葉を作れてしまうから人の悪口を言ってしまう習性があるけど、人生であと100文字しか使えないと分かればその100文字を悪口に使う人はいないと考えます。

そして西野亮廣さんは、文字は通貨と酷似していると例えます。

言葉が無尽蔵に作られてしまうから言葉の価値がどんどん下がってしまい、悪口などを当たり前に使ってしまいがちですが、文字を売ってしまえば大切に使うことができると考えます。その売り方も計算されており、例えば10文字買った人がいて、その人が10文字を誰かに送るとします。10文字の手持ちがその相手に移り、その相手がまた誰かに10文字を使うことができるというシステムです。そうすることで凄くいい事をしている人に文字がたくさん集まる好循環ができます。

シンプルにいうと電報と仮想通貨の間で、理想的な世界観を共有するサービスです。

しるし書店

しるし書店

古本屋で本を売る時に書き込みや汚れ等があると買取価格が落ちますが、それが好きな人の書き込みなら古本価値は高まります。これは古本屋では痕跡本といわれ、痕跡本を売り買いできるマーケット、しるしがついている書店ということで「しるし書店」。

SILKHAT

SILKHAT

SILKHAT」はクラウドファンディングをする人達を支援するプラットフォームで、西野亮廣さんはこの「SILKHAT」を吉本興業と立ち上げました。

西野亮廣さんは愛社精神があり、吉本興業の売上げをちょっと伸ばしてみようと思い、芸人さんがこっそり直営業をすることがもったいないなと感じます。

直営業とは事務所を通さずに営業することであり、これは別に悪いことではありません。
需要がある芸人さんがいることも確かだし、もっと大々的に直営業しますと宣伝できれば依頼がたくさんくるはずだということで、合法的に直営業するために「SILKHAT」を立ち上げます。

直営業に関しては世間では炎上しやすいですが、直営業のリスクは反社会的勢力との繋がりで、闇営業ともいわれます。ですが、反社会勢力側も自分からそう名乗ることもなく、直営業をバンバン芸人さんが行なっていたら、必ず反社でひっかかるということで「SILKHAT」で反社チェックを実行しています。

革命期 2019年 絵本王&サロン王

西野亮廣さんの革命はまだまだ続きます。

2019年に『ほんやのポンチョ』を出します。

ほんやのポンチョ

これは西野亮廣さんのプラットフォームである「しるし書店」のサービスをPRするための絵本を共同制作します。

さらに『チックタック~ 約束の時計台』も町興しをするために共同制作で絵本をつくり、それをクラウドファンディングでやることでその町を盛り上げようとするビジネスの域を超えた人助けの作品です。

チックタック~ 約束の時計台

さらにさらに「Salon.JP」はオンラインサロンを作ろうとしている人のプラットフォームを作ります。

2020年 総力戦「えんとつ町のプペル」映画化。

えんとつ町のプペル

えんとつ町のプペル」設定。

煙突だらけのえんとつ町。この町は朝から晩まで煙で覆われて、青い空も見えないし、輝く星も見えない。町の人たちはこの煙の向うに青い空と輝く星があることは知らない。
しかし少年とゴミ人間だけはあの煙の向こう側になにかあるのではないかと思い続けます。でも上を見上げれば、町の人たちに、なにを上ばかり見ているんだと罵られます。

この作品は、夢を語れば笑われて、行動すれば叩かれる、現在社会の縮図を描いたものとなっています。

「えんとつ町のプペル」期待を背負う重圧

えんとつ町のプペル」は観客を100万人動員しても興行的には失敗といわれています。

西野亮廣さんのこれまでの挑戦の中で「えんとつ町のプペル」は制作費も規模も関わるスタッフの人数も桁違いで、10何年間も引っ張ってきたプロジェクトで、初期の頃から西野亮廣さんを応援してくれている期待も背負っています。

もしここで失敗したらこれまで応援してくれていた期待が全部失望に変わってしまうので、この作品はこけれないという気もちが強い作品です。

まとめ

 

この投稿をInstagramで見る

 

NISHINO EHON(@japanesehandsome)がシェアした投稿

西野亮廣さんの大ヒット作品となった「えんとつ町のプペル」。この作品の主人公であるゴミ人間。このゴミ人間には西野亮廣さんのこんな気持ちが込められています。

世のなかはなぜ夢を追いかけている人がこんなに攻撃されるのか?

その結論として、みんな子供の頃は「野球選手」になりたいとか「モデル」になりたいと夢がありました。そして大人になるにつれて現実を知り、どこかで折り合いをつけなくてはならない時がきます。それは年齢的な問題であったり、家庭を持ったりとかで折り合いをつけて捨てます。だけど、いい歳になってもその夢を持っていて、その夢を輝かせようとしている人がいると、あの時、夢を捨てた人は、この夢が輝いてしまうと具合が悪い。あの時、捨てた自分が間違いだったことが認められてしまいます。だから捨てろすてろと攻撃されます。だから夢追い人は総じて「ゴミ人間」であると西野亮廣さんはいいます。

ご覧いただき、ありがとうございました。

今回の記事に関する意見や、こういった内容に関する記事を読みたい!といった方はぜひコメントでシェアしていただくとありがたいです。

またインスタグラムもやっているので、そちらでも意見やリクエストお待ちしています。

インスタグラムはこちら

それでは、また次回お楽しみに!

-実業家
-, , , ,