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【全裸監督】村西とおるプロフィール!山田孝之が演じたAVの帝王をリサーチ

山田孝之(全裸監督)

今回「リサーチノート~あなたの興味はなんですか?」で紹介するのは「【全裸監督】村西とおるプロフィール! 山田孝之が演じたAVの帝王をリサーチ」です。

アダルトビデオ業界を席巻した帝王、そして放送禁止のパイオニアとして時代の寵児となった村西とおるさんです。
2019年にNetflixで製作・配信された山田孝之さん主演の「全裸監督」でその人生を赤裸々に公開した禁断のドキュメンタリーが解禁されました。また2021年には続編の「全裸監督2」も同じくNetflixで製作・配信され、話題を呼んでいます。

前科八犯、借金50億。破天荒な人生を歩み続けた村西とおるさんをリサーチしましたので、ご紹介していきます。

 

村西とおるさんプロフィール

 

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名前 村西とおる
本名 草野博美
年齢 72歳(2021年7月18日時点)
生年月日 1948年9月9日
出身地 福島県いわき市
出身高校 福島県立勿来工業高等学校
職業 AV監督・実業家
Twitter @Muranishi_Toru
Instagram @muranishi_toru
公式サイト 村西とおる OFFICIAL WEBSITE

村西とおるさんの出身は福島県いわき市です。

村西とおるさんの父親は戦前は国鉄の職員でしたが、復員しても職場に戻らず傘や鍋を修理する行商を始めました。それでは経済的には豊かになれず、村西家の家計は圧迫しており、村西とおるさんは幼少期からその日暮らしの生活をしていました。

生活苦の毎日のため、食卓には最初にじゃがいもがでてきて、子供たちのおなかを膨れさせることを考えた食事でした。白飯を食べることはめったになく、村西とおるさんの幼少期は常に空腹との戦いでした。

当時、駅前には進駐軍のジープ型の車やトラックが止まっており、米軍の兵士が車から姿を出すと、これ見よがしにみかんを食べていました。兵士は食べ終わったみかんの皮をそのへんに捨てると、そのみかんの皮ほしさに子どもたちが取り合うように群がってきます。その中に村西とおるさんもいました。

村西家の貧困生活は長く、お金の面で両親はよく揉めていました。そのことがきっかけで両親が離婚をすることになる事件が起きました。それは村西とおるさんが中学3年生の時、2人がいつもにも増して喧嘩をしている場面で、父親が母親に暴力をふるっているのを見かねた村西とおるさんは台所から包丁をもってきて父親に包丁を突き付けました。その途端に母親は、父親になんてことをするんだと言ったそうです。父親は、息子のこの行動がかなりショックだったらしく、翌日から行方不明になって結局は両親は離婚してしまいました。

村西とおるさんの破天荒な人生は幼少期の頃から始まっており、絶望からのスタートでした。
今回は村西とおるさんの人生を3つのタームに分けてみました。

1、北大神田書店時代
2、クリスタル映像時代
3、ダイヤモンド映像時代

そして村西とおるさんは、AV業界の頂点に登りつめた最大の要因の2つ、

1、AV業界のパイオニアと呼ばれた理由
2、性革命を起こした、伝説のAV女優・黒木香

も一緒に紹介していきます。

北大神田書店時代

 

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福島県立勿来工業高等学校を卒業し、上京した後に池袋のバーでボーイとして勤めていました。その後、いくつかのバーを転々としたのち、東京にあった英会話の教材や百科事典の販売会社「グロリア」でセールスマンとして勤めます。当時販売していたのは全30巻で20万円(現在の紙幣価値で100万円弱)の英語教材で、内容はすべて英語で書かれた辞典でした。月に4セット以上売ればトップセールと評価されるところを、村西とおるさんは毎月コンスタントに20~100セットの販売をして、伝説的なセールスマンとよばれていました。またインベーダーゲームのブーム時にはゲーム機設置販売業などもされています。

営業時代に培ったセールストークをもとに、無修正ヌード写真集・裏本の製作販売を始め、やがて北大神田書店グループを設立します。北大神田書店の名称は、村西とおるさんが考案したネーミングであり、北海道と言えば北大、書店街と言えば神田、という考えのもと両方をくっつけて北大神田書店となりました。

北大神田書店が全国展開するのは早く、ビ二本市場の7割を占める売り上げをたたき出し、またたく間に全国に65店舗となりましたが、「裏本」の流通ネットワークも全国に広がり、村西とおるさんは、複数の県警から猥褻図画販売容疑で指名手配されます。
そして1984年3月に村西とおるさんは逮捕され、北大神田書店グループは解体となり、全財産を失うこととなります。

 

クリスタル映像時代

 

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1984年秋に保釈された村西とおるさんは、大衆のニーズを目のあたりにします。世間はビニ本からアダルトビデオが人気を集めるようになっていました。この当時、個人用のビデオデッキが急速に普及しており、北大神田書店グループで得た知識を元に、村西とおるさんもビデオ製作へ乗り出すことになります。

Netflixで放送された「全裸監督」でも村西とおるさん演じる山田孝之さんは、新しい事業を始める場合、次のような台詞を言っています。

おれ達がやるつったらエロに決まってんだろう

そしてこれを気に逮捕、保釈まで支えてきた「ビニ本」製作プロダクション社長の名前「西村」をひっくり返し、「村西」と名乗るようになり、借金や前科のある自分が再び世のなか通るようにと「村西とおる」でAV監督となりました。

村西とおるさんは、自身が監督をつとめる作品に自らカメラを担ぎ、男優としても出演し、「ナイスですねー!」などのトークで人気を集め、あっという間に軌道に載せました。

当時の日本ポルノ製作現場では「疑似本番」が主流でしたが、村西とおる作品では実際に本番行為を撮影する手法がたびたび物議を醸しましたが、1985年11月に発売したドキュメント路線の立川ひとみ主演「恥辱の女」が専門誌「ビデオ・ザ・ワールド」の選評でその年の1位を獲得する評判を呼びました。

そして1986年10月、村西とおるさんの作品が爆発的な知名度を得て、「アダルトビデオの帝王」といわれるきっかけとなった自身が監督・男優をつとめた『SMぽいの好き』で黒木香さんがデビューします。

黒木香さんのデビュー作である『SMぽいの好き』は、日本人女性のセックスに対する意識を大きく変えた、革命的な作品でした。
この作品に対して、村西とおるさんは記者のインタビューに次のように答えています。

それまでのAVは男性優位で性を描くものばかりだった。しかし黒木さんは積極的な性表現で、女性も男性と同じようにセックスを楽しんでいいんだ、思うままに感じていいんだと訴えかけた。それまで日本の社会で抑圧されていた女性の本質を浮き彫りにし、それが女性にも受け入れられたことで、AVは男女を問わず見られる現在のような市民権を得たのです

黒木香さんのデビューにより、村西とおるさんの名前は全国的にも有名になりましたが、直後、アダルトビデオに17歳の少女を出演させたことにより、職業安定法・児童福祉法違反容疑で逮捕されます(後に処分保留で釈放されています)。

1986年12月には、幼少期時代の、米兵が投げ捨てたみかんの皮に群がる子供達の光景を払拭(ふっしょく)するために踏み切ったハワイでのスカイファックの撮影を始めます。
ロケ内容は、ハワイ上空でセスナ機2機を並行飛行させ、スカイセックスの撮影を行うものでした。

ですが「みかんの怨念」には落とし穴があり、自国内での村西とおるさんの動向を監視していたFBI特別捜査チームに「旅券法違反」の容疑で逮捕され、懲役370年として求刑されます。

獄中は「囚人たちのアイドル」だったと村西とおるさんは語っています。

そしてハワイから帰国後、自社女優と著名アイドルとの関係を再現したと称するビデオを制作し、アイドル事務所から強硬な抗議を受けたり、テレビ局からの出入り禁止など、問題は続きます。

1988年4月には、17歳の少女をアダルトビデオに出演させて児童福祉法違反容疑で逮捕され、罰金30万円の有罪判決を受けます。さらに同年9月には16歳の少女を出演させたとして同罪で逮捕され、懲役1年、執行猶予5年の判決を受けますが、この少女は成人していた姉の身分証明をつかい年齢偽装で出演した経緯があります。この件について、黒木香さんはワイドショーの取材に次のようにコメントしています。

いつもはめている村西監督が今回ばかりははめられた

 

ダイヤモンド映像時代

 

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1988年9月に、『東郷映像』という会社を買収し商号変更したダイヤモンド映像を設立した村西とおるさん(事実上のオーナーでしたが、代表取締役には就いていません)。クリスタル映像時代からのスタッフに加え、実力派のAV監督をスカウトし、トップクラスのAV女優をキャスティングし、ヒット作を連発した昭和最後の年、第15回参議院通常選挙の出馬を宣言し、9月には「全日本ナイス党」を結党しましたが、結党式の翌日、またもや未成年者をアダルトビデオに出演させたとして児童福祉法違反容疑で警視庁・麹町署に逮捕され、懲役1年、執行猶予5年の判決を受けました。

しかし1989年、平成の始まりとともにAV業界の頂点に立った村西とおるさんは、企画シリーズものを大量に制作します。

巨乳AV女優・松坂季実子さん、桜樹ルイさんや卑弥呼さん、田中露央沙さんなど、ダイヤモンド映像所属の女優を10名以上抱え、本社でスタッフと女優と共同生活を送ります。

トップAVアイドルを輩出したダイヤモンド映像の専属女優の中でも松坂季実子の作品は人気を集め、村西とおるさんの年商は100億円を達成しました。

松坂季実子

また、黒木香さんの店として渋谷には高級焼き肉店「香貴店」を出店しています。

この当時、村西とおるさんの快進撃はとどまることを知らず、日本ビデオ映画を設立し、本名の草野博美名義で一般のタレントを起用して、ビデオ映画の製作にも着手しています。

しかし、ビデオ映画は失敗し、かねてより思い描いていた通信衛星事業への過大投資が膨らみます。
平成後期、衛星通信は日常的な通信方法となりましたが、村西とおるさんの時代、まだまだ未発展途上のため、村西とおるさんの構想に時代が追いついていなく、過剰な不動産投資も重なり、ダイヤモンド映像は1992年に約50億円の負債を抱えて倒産することとなります。

 

村西とおるさんは、なぜAV業界のパイオニアと呼ばれたのか?

 

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村西とおるさんが平成の始まりにAV業界の頂点に立った主な理由を挙げるとしたら、アダルト業界の常識を覆した手法と黒木香さんは外せません。

村西とおるさんが生み出したAV業界の手法があります。

ハメ撮り(カメラマン自らが本番行為をしながら撮影する)
顔面シャワー(いわゆる顔射)
駅弁(女優を抱え込み立った姿勢で本番行為を行う)

現在では定番となっているこの3つのアダルト手法、この生みの親は、村西とおるさんです。
さらに村西とおるさんの伝説級のエピソードがあります。

1986年12月、ハワイ上空にセスナ機2機を並行飛行させた「スカイファック撮影」。前述しましたが、このスカイファック撮影により、懲役370年を求刑されるという前代未聞の事件を引き起こしています。

1989年、横浜ベイブリッジを全裸で駅弁しながら横断する、「横浜ベイブリッジの女」という作品を撮影し話題を呼びます。
こちらも「神奈川県名物を汚すとは何事か!」と糾弾されて、横浜県議会で問題となり、横浜県警本部長に呼び出され、結局発売中止となりました。

インド南部のスリランカに渡って、撮影禁止区域での撮影を強行した際には、現地の共産革命軍からの攻撃を受け、命を落としかける経験もされています。

性革命を起こした、伝説のAV女優・黒木香

黒木香

村西とおるさんを「アダルトビデオの帝王」と称されるまで貢献した伝説AV女優といえば黒木香さんです。

村西とおるさんがこれまでに所属したクリスタル映像、ダイヤモンド映像にも松坂季実子さん、桜樹ルイさんや卑弥呼さん、田中露央沙さんなど、トップAV女優がそろっていましたが、黒木香は西村とおるさんにとってもまた別格のAV女優でした。

黒木香さんプロフィール

名前 黒木香(くろきかおる)
出身地 鹿児島県鹿屋市
生年月日 1965年01月21日
年齢 56歳(2021年7月時点)
身長 161cm
血液型 A型
星座 みずがめ座

黒木香さんは、1986年にAV女優としてデビューした現役の女子大生でした。当時通っていた大学は有名国立大学の横浜国立大学です。

現役女子大生、さらに誰でも知っている有名国立大学ということを公表してアダルトビデオに出演するということで黒木香さんはデビュー作「SMぽいの好き」から絶大な話題を集め、空前の大ヒットを記録しました。

また黒木香さんは、これまでのAV女優のイメージとは違い、あふれんばかりの知性と、異様とも言える丁寧な言葉遣いで独特のキャラを確立させ、地上波のバラエティ番組やテレビドラマ、映画などにも出演するなど人気を博します。
このAV女優の枠を超えて活躍する黒木香さんは強烈なインパクトを残し、社会現象となる「黒木香ブーム」旋風を巻き起こしました。

また、16歳から剃っていないというワキ毛を大胆に露出し、トレードマークとした事で「ワキ毛の女王」の異名でも親しまれました。

テレビ番組に出演し、溢れる知性を絡めて「エロ」を軽快に語るという、ある種異様とも言えるトークで人気を集めた黒木香さんは、その斬新なトークをさらに掘り下げ、「哲学」のレベルにまで落とし込んだ内容を書籍として多数出版されています。

 

フルーツ白書

1987年に出版された「フルーツ白書」は、深夜番組などでの黒木香さんの発言などをまとめ、再編集した書籍です。
黒木香さんの登場に熱狂する当時の社会の様子が、そのまま伝わってくるかのような1冊です。

 

自堕落にもほどがある

 

同じく1987年に出版された「自堕落にもほどがある」は、黒木香さんの自伝的私小説です。
黒木香さんの深い見識と、文筆家としての才能を感じさせる1冊です。

黒木香さんは数多くのテレビ番組に出演していますが、芸能界で活動した期間は短く、アダルトビデオへの出演はわずか3本となっています。

 

まとめ

 

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今回は『【全裸監督】村西とおるプロフィール! 山田孝之が演じたAVの帝王をリサーチ』を紹介させていただきました。

抱えた借金は50億、前科7犯という経歴を持つAV監督西村とおるさん。前科の原因はアダルトビデオと裏本関係で、波乱万丈の人生を歩んだ有名人は数多くいますが、ここまで上下の波が激しい有名人は、村西とおるさんだけだと思います。

すごい生命力をお持ちで、自身の著書のタイトルにもあるように、『人生、死んでしまいたいときには下を見ろ俺がいる』、このタイトルには今、絶望だと感じている人に勇気を与えてくれます。

現在、世界は新型コロナウイルスの蔓延で絶望の危機に立たされています。
村西とおるさんのようにどんな絶望があったとしても人間にはそこから立ちなおる生命力が誰にでも持ち合わせているものです。

今日を諦めずに、明日へ進む勇気。それでも辛くなったら、下を見ましょう。村西とおるさんがいます。

ご覧いただき、ありがとうございました。
今回の記事に関する意見や、こういった内容に関する記事を読みたい!といった方はぜひコメントでシェアしていただくとありがたいです。

それでは、また次回お楽しみに!

 

 

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